2002年7月20日(土)〜7月22日(月)3日間
高槻市在住 大野 紀美子様
クルーズは読むものだったり見るもので、まさか自分が体験できるとは思ってもいなかった。きっかけは、梅雨頃だったが家族で夏祭を見に行ってみたいと話し合ったことにはじまる。中学と高校に通う子供がいて、夏休みが絶好のチャンス。だが、サラリーマンの家庭では、そう簡単に休暇も取れない。ところが今年は8月のお盆休みはうまい具合に休めることになりそうだった。東北三大祭り、徳島の阿波踊り、どこもホテルは満室で予約ができなかった。
ところが友人が、ちょうどいいクルーズがあると勧めてくれた。4泊5日で徳島の阿波踊りを見学するツアーである。家族4人で約80万円かかる。ちょっとひるんだ。しかし、よくよく考えれば、1日あたり5万円。これで宿泊、移動、食事が全部賄えるなら割安なんじゃないかと。家族で相談の結果申し込むことに。子供たちはクルーズって何だと大騒ぎ。図書館でいろいろ調べたらしい。
旅行代理店で予約申し込みをしてしばらくしたら、ブルーの封筒が届いた。クルーズのしおりやら乗船券やら荷物につけるタグなど人数分が入っている。だんだん気分が高まっていくのがわかる。オプショナルツアーの申込書も入っていた。にっぽん丸の船内で阿波踊りを練習し、会場で踊ることができるとある。これは面白い。申し込んでみよう。
こうして8月11日、家族は船上の人となった。五色のテープが風に舞い、マーチングバンドが錨を上げてを演奏する中、デッキには銅鑼が鳴り響いて、にっぽん丸は静かに岸壁を離れた。横浜ベイブリッジをくぐる。会場から見るベイブリッジはすぐ手が届きそうだった。キャビンに戻って船内新聞「ポート&スターボード」を読む。昼食後にクルーズの説明会が開かれるという。家族で出席する。緊急放送以外には船内放送はなくて、船内新聞が情報の拠り所と知る。駅のアナウンスはうるさいものな。どうりでさっきから余計な音がしなくて静かなわけだと気がつく。
説明会が終わると子供たちは船内探検に出かけた。そこで妻と二人デッキチェアに寝そべることにした。夏の日差しの中風が気持ちよい。とくに話しはなかった。流れる雲を眺めているだけで不思議と気分が落ち着いてくる。こんなゆったりした気分の旅は今までになかった。列車にしろ飛行機にしろ座席に座ったら目的地まではただひたすら座りつづける。それがない。これがクルーズ、船の旅なのか。
いつのまにかウトウトしていた。妻も昼寝をしたらしい。身を起こしてラウンジへ行く。午後のお茶の時間になっていた。クッキーと紅茶をいただいた。
夕方大浴場へ行く。日のある内に湯に入る。それも大海原を眺めながら。これはいい気分だ。久しぶりにサウナを使って汗を流した。マッサージチェアに身を横たえ汗の引くのを待った。今夜はウエルカムディナーだ。スーツを着てレストランに行く。そうか、ここは船の中だけど、町の中と同じなんだ。ホテルで食事をするつもりになればいいのか。そう思うとすごく気が楽になった。テーブルを囲んだほかの家族とも打ち解けて話が弾んだ。寝る前に船首のデッキへ出てみた。風が強いが空は星でいっぱい。急いでキャビンへ子供たちを呼びに行く。家族そろって星空を眺めた。流れ星がたくさん流れた。都会では絶対に見ることはできない。ふと気がつくと2時間がたっていた。
いよいよホールで阿波踊りの練習が始まった。そろいの法被を着て白足袋を履く。男女に分かれて地元の踊り手に身振りと足運びを見よう見まねで習う。鳴り物にあわせてぶっきちょな一連がぐるぐる輪をかいて進む。船から下りると観光バスに乗り込んで会場へ。阿波踊り特有のリズムに包まれる。いくつもの「連」が踊る。踊りはじめこそ恥ずかしい気持ちもあったが、5mも進まないうちに熱中していた。200mほどの演舞場の出口の桟敷に、にっぽん丸の乗客が待ち構えていた。踊りながら妻と子供たちの顔が見えた。
翌日は新しく開通したしまなみ海道を海から眺めながら、瀬戸内海をゆっくり進む。鏡のように静かとは聞いていたが、まったく波が立っていない。ブリッジが開放された。行ってみると、船長がこの辺は波こそ立たないが、結構潮の流れはきついと話してくれた。狭くなった場所では潮がぶつかり合って川のような流れになっている場所もあるそうだ。自然の不思議なところなんだろう。だが、大小の島々が続く景観は、実際に見てよかったと思う。これが実感だ。
船内新聞を見ると次の日は終日航海日とある。どこの港にも立ち寄らず海の上にいるということ。これは不思議な感じがする。普段の旅行ではありえない一日ではないか。朝早く、夜明け前に目が覚めた。水平線に横たわる雲の上に太陽が上がってきた。スポーツデッキで朝の体操をする。すがすがしいとはこういうことをいうのだろう。カフェテラスで熱いコーヒーを飲んだ。朝食は和食席に着いて一通り食べた後で、洋食のビュッフェコーナーから卵料理とジュースとハムをもってきた。船に乗ってから一日中何かを食べている。それでも体調はすこぶるいい。これも不思議だ。
子供たちはプールへ、妻はロープ教室へと向かった。そこでまたブリッジに上ってみることにした。海図が広げられ赤いラインが引かれている。室戸岬を東西に往復するらしい。クジラはいるかなあ、という声がした。ブリッジの横に張り出ている部分に双眼鏡を手にした乗船客が数人いた。なるほど、これがホエールウォッチングか。きらきら光る海面を飽くことなく眺めている。船はゆらりとも傾かずに進む。4日間が過ぎたが揺れなかった。子供たちも船酔いを心配していたが取り越し苦労だったようだ。
結局クジラは現れなかった。しかし、海の上というのは気持ちがいい。この気持ちよさを味わうために何度も船に乗る人がいる。クルーズリピーターというそうだ。ジェット機なら1時間で行ける距離を1泊かけてゆっくりと海の上を旅する。こんなぜいたくな時間の使い方をしたのははじめてだった。再び横浜ベイブリッジが見えた時、海が呼んでいると感じた。